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第46話 深夜に灯る希望の火

last update Terakhir Diperbarui: 2026-01-06 18:06:16

 工房の空気は沈んでいた。

 誰も声を出さない。

 温度も数字も整えたはずの琥珀糖が、沈んだまま動かない。

 空気そのものが、重く垂れ下がっているようだった。

(……あかん)

 息が詰まりそうで、佐古は作業着の裾を握りしめ、静かに工房を抜け出した。

 外は冷たい空気が満ちていた。

 肺の奥までヒリヒリと刺す。

 薄暮の光が、商店街のアスファルトにかすかに反射している。

 街路の影が伸びていた。

 壁にもたれ、佐古は深く息を吐いた。

 清晴堂に入って十五年。

 後藤親方に拾われ、叱られ、笑われ、鍛えられてきた年月だ。

 焦がして、泣いて、それでもしがみついて、気づけば若い衆を教える側に回っていた。

 清晴堂が資金難に陥った頃、いずみが援助を申し出た。

 工房の仕事には一切口を出さず、必要な金だけを静かに支えた人だった。

 佐古は、その誠意を忘れられなかった。

 あの日は忘れられない。

 子どもの誕生日に帰れなかった佐古へ、そっと金一封を渡してくれた。

『家庭があるのに、夜遅くまでありがとうね』

 優しい声だった。

 その一言で救われた瞬間がある。

 清晴堂を守りたいという思いは、そこから生まれた。

 だが、数日前。

 ポケットの中で携帯が震えた夜があった。

 番号は非通知。

 電話の向こうにいたのは、いずみの兄だった。

『清晴堂を守るために、お願いしたいことがある』

 冷たい声だ。

 しかし言葉には重さがあった。

『伝統を壊したいわけではないだろう?』

 その一言に、佐古はうなずきそうになった。

『朝倉朱音という人物は、清晴堂を壊すかもしれない』

『あなたなら、わかるはずだ』

 清晴堂を壊すかもしれない——

 その言葉だけが、胸に深く刺さった。

 そして佐古は、工程にわずかな操作を加えた。

 本来なら沈まない層が沈むように。

 ほんの数滴で良かった。

 罪悪感より使命感が勝っていた。

(わしが……手ぇ入れた)

 胸が重くなる。

 寒い夜風の中で、背中に汗が流れた。

(ほんまに……正しいんか?)

 工房の扉の向こうから、後藤親方の声が低く響いた気がした。

 佐古は顔を上げられなかった。

(わしは。

 せやけど——間違ってへんはずやった)

 はずだった。

 だが、朱音が五箱
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     工房の空気は沈んでいた。  誰も声を出さない。  温度も数字も整えたはずの琥珀糖が、沈んだまま動かない。  空気そのものが、重く垂れ下がっているようだった。 (……あかん)  息が詰まりそうで、佐古は作業着の裾を握りしめ、静かに工房を抜け出した。  外は冷たい空気が満ちていた。  肺の奥までヒリヒリと刺す。  薄暮の光が、商店街のアスファルトにかすかに反射している。  街路の影が伸びていた。  壁にもたれ、佐古は深く息を吐いた。  清晴堂に入って十五年。  後藤親方に拾われ、叱られ、笑われ、鍛えられてきた年月だ。  焦がして、泣いて、それでもしがみついて、気づけば若い衆を教える側に回っていた。  清晴堂が資金難に陥った頃、いずみが援助を申し出た。  工房の仕事には一切口を出さず、必要な金だけを静かに支えた人だった。  佐古は、その誠意を忘れられなかった。  あの日は忘れられない。  子どもの誕生日に帰れなかった佐古へ、そっと金一封を渡してくれた。 『家庭があるのに、夜遅くまでありがとうね』  優しい声だった。  その一言で救われた瞬間がある。  清晴堂を守りたいという思いは、そこから生まれた。  だが、数日前。  ポケットの中で携帯が震えた夜があった。  番号は非通知。  電話の向こうにいたのは、いずみの兄だった。 『清晴堂を守るために、お願いしたいことがある』  冷たい声だ。  しかし言葉には重さがあった。 『伝統を壊したいわけではないだろう?』  その一言に、佐古はうなずきそうになった。 『朝倉朱音という人物は、清晴堂を壊すかもしれない』 『あなたなら、わかるはずだ』  清晴堂を壊すかもしれない——  その言葉だけが、胸に深く刺さった。  そして佐古は、工程にわずかな操作を加えた。  本来なら沈まない層が沈むように。  ほんの数滴で良かった。  罪悪感より使命感が勝っていた。 (わしが……手ぇ入れた)  胸が重くなる。  寒い夜風の中で、背中に汗が流れた。 (ほんまに……正しいんか?)  工房の扉の向こうから、後藤親方の声が低く響いた気がした。  佐古は顔を上げられなかった。 (わしは。  せやけど——間違ってへんはずやった)  はずだった。  だが、朱音が五箱

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